Resonance Project — Workshop

何をするのか、何をしないのか。

プロンプトの技術を教える講座ではない。
AIを使って、自分の中にあるまだ言葉になっていないものを、外に出すための場だ。

方法論の骨格 / v1 draft
前提

経験則がある人ほど、AIに深く潜れる。

これがこの場の出発点であり、たぶん一番大事な一文だ。

AIは、ゼロから何かを生むのが得意なように見える。
でも自分が見てきた限り、本当に面白いものが出てくるのは、使う側に積み重ねがあるときだ。

楽器を触ってきた手。
現場で判断してきた目。
言葉にできないまま体に入っている、その人だけの経験則。
AIはそれを増幅する装置になる。経験がある人ほど、深いところまで潜っていける。

だからここで立つのは、技術者の目線でも研究者の目線でもない。
実際に使い倒した人間の目線——使用者目線だ。

やること

潜って、言葉にして、動かして、また潜る。

やっていることは、突き詰めるとひとつの円環だ。
ツールが何であっても、この形は変わらない。

  1. 対話する。まだ形になっていないもやもやを、そのままAIに話す。正解を聞くのではなく、何を作りたいのかを一緒に探る。
  2. 方向を言葉にする。対話の中で、自分が本当は何を求めていたのかが立ち上がってくる。体に入っていた経験則を、言葉に引き出す。
  3. ツールのプロンプトに翻訳する。言葉にした方向を、SUNO・PixAI、その時々のツール用の指示に置き換える。ツールは何でもいい。
  4. 動かす。実際に生成する。出てきたものを、自分の耳と目で確かめる。
  5. また対話する。出力と狙いのズレを見て、AIに戻る。次の方向を、また言葉にする。
— そして 1 に戻る。
やらないこと

正解のプロンプト集は、配らない。

この円環のうち、外から見える「形」はここに書いたとおりだ。
でも一番効くところ——何をどう言葉にするかは、ここには書かない。書けない。

それは相手の経験によって、毎回まるごと変わるからだ。
楽器屋の人と、農家の人と、役所の人とでは、引き出すべきものも、問いの立て方も違う。
マニュアルに落とした瞬間、それは別物になる。

境界線を引くこと自体が、答えになっている。

誰でも真似できる手順に落とせるものは、誰でも真似できる。
つまり、すぐにコモディティになる。

骨格は開いておく。深さは、潜った人にしか応えない。
——オープンソースのように。開かれているのに、尖っている。

逆転

AIを突き詰めるほど、人間に還ってくる。

もうすぐ、生まれたときからAIがある世代が来る。
検索が当たり前だったネット世代のさらに先だ。

そのとき効いてくるのは、たぶん逆のものだと思っている。
AIで何でも出せるからこそ、人間にしかない経験・判断・身体の価値が際立つ。

AIを否定するのではない。
使い込むほど、人間の側の手応えが要る、と気づく。
AIを肯定するほど、人間が浮かび上がる。
この皮肉のような構造を、実際に手を動かして体験してもらう。それがこの場でやりたいことだ。

結び

教えるのは、プロンプトの書き方ではない。
AIと向き合いながら、自分の中にあったものを、自分の言葉で掴み直す——その潜り方だ。

経験のある人ほど、深く行ける。
だからこの場は、何かを身につける場というより、すでに持っているものを、見つけ直す場に近い。